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當山は日蓮大聖人の直弟中老日高上人を開基として正和3年(1314年)4月26日浄行院日祐上人により創立せられ現在の堂宇は表門の枡形大池及び大井戸と共にその昔10万石の格式を表現して 享保年中に造営され不思議に戦炎をも免れて佛天の御加護を示現して居るもので、聖徳太子真作と傳えられる、妙見宮本尊は、東海鎮護の為、奉祀され崇敬祈念の願主、八方に普ねく昼夜に参詣信仰の衆多く、 境内の樹齢700年と言われる大藤棚(東西10メートル南北12メートルに紫房別に白藤等あり)に2メートルに及ぶ花房が垂れ、季節には文人墨客の訪れるもの古来数多く7千坪の敷地内に整備された 施設の銚子幼稚園はボーイスカウトと共に青少年教導に理想の環境と賞されています。

お知らせ

宗祖日蓮大聖人御降誕800年慶讃報恩記念事業
  妙見宮本殿全面解体修復・拝殿・幣殿新築事業

妙見宮再建工事進捗報告


平成29年1月1日〜4日 妙見宮 初詣の御案内。
12月14日星祭祈祷会が行われます。
11月27日 夭折精霊慰霊祭が行われました。
11月23日 秋季日帰り団参が行われました。
10月16・17日 御会式が行われました。
10月1日〜3日 身延団参が行われました。

平成27年度『東北被災地義援・慰霊参拝を終えて』

これからの寺と墓を考えた永代供養墓【生前墓・仏子の塔】

月例の瀧行  次回は、平成29年1月(未定)日です。
 住職のひとこと

月例瀧行風景
 
 

(学)妙福寺学園 銚子幼稚園
〈花まつり―釈尊降誕会〉
 

樹齢800年に
 

及ぶ〈臥龍の藤〉

                    次代を見据えた寺門運営とは

 先人の教えに〈子は親のいうとおりにはならぬが、親のするとおりになる〉とあります。いう〉とは言葉、その時々で如何様にでも繕うことができますが、〈する〉とは実践、生演奏みたいなものでしょう・・・決して隠せません。現代の少子化という時代背景にスライドして「子育て」という一大事を考えれば、その土台となるのは、親・家族・家庭の姿がどこまでも問われることでしょう。
 子どもに残す最高の財産は、物ではなく、親が〈どう生きようとしたか〉その姿そのものです。

             
三界(さんがい)首枷(くびかせ)という子を持ちて
                      心定まれり わが首枷よ


窪田(くぼた) 空穂(うつぼ)はこのように歌っていますが、子どもという首枷の為に自由がきかない親としての姿、しかしその反面、子どものお蔭で親としての姿勢を限りなく正していける・・・子どもを範として、子どもを拝む姿が、そこにはあります。
 古来《家》を重んじてきた日本人としての観念の底辺に存在した親子の絆・家族の絆は、今や断ち切られんばかり、家族の分散化は更に進み、継承を(もとい)としての《家》の体系は昔の遺産になりつつあります。言うまでもなく寺檀関係の円滑な発展は、その《家》にありました。それが崩壊しつつある現在、《寺》の存在価値を問われることは至極当然のことでしょう。
 當山にあって、その門戸(もんこ)を時代を見据えて更に開いていくキー・ポイントは、歴代先師の
〈今を生きる姿勢〉・・・今、ここをどう生きようとしたのか、それを感知する住職としての責務を自覚することに尽きます。檀信徒は無論、更に有縁の方々に来山いただく方便の模索は必須課題といえるでしょう。
 ちなみに當山では、月例にて瀧行を取り入れていますが、ネットから知った若者達が遠方より、よく来られます。「寺は死んでから来る所じゃありませんヨ。生きている間にこそ、心の拠り所として来てもらえる、そんな寺の在りかたを一緒に考えてもらえませんか?・・・」 ― 彼等にまず伝える私の想いです。
今日(こんにち)只今(ただいま)をどう生きようとするか〉

              
過ぎ去れるを追うことなかれ
              いまだ来たらざるを(おも)うことなかれ
              過去 そはすでに捨てられたり
              未来 そはいまだ到らざるなり
              ただ今日(こんにち) まさになすべきことを
              熱心になせ
              たれか明日(あす) 死のあることを知らんや


これが釈尊のみ教えの原点であることを、我々僧侶自身がまず実践すべきです。人生は〈いま〉という時間〈ここ〉という空間がすべてである以上、〈いま・ここ〉を間断なく生きる、〈いま・ここ〉に全力を尽くす。 ―  釈尊の教えられた生き方です。
 比叡山 延暦寺で修行僧の規律を定めた山家学生式(さんげがくしょうしき)の中に
〈一隅を照らす。これすなわち国の宝なり。己を忘れて()を利するは慈悲の極みなり。〉とありますが、一隅を照らすとは、その場になくてはならぬ人になる、とも換言できます。宗祖日蓮大聖人立教開宗の精神は、まさにここにあります。
 この精神を、現代社会へとスライドして考えますと、松下 幸之助の教えが、どうしても想い起されます。ある時、松下政経塾の塾生からこんな質問がでます。「国家経営と組織・会社経営とは同じものですか?・・・それとも違うものでしょうか?」幸之助翁曰く「全く同じものと考えなさい・・・どちらも成功させる為には、三つの条件を念頭におくことヤ。第一は、理念の確立、これができれば50%は成功ヤデェ、第二は、その場にいる者が充実して働ける環境を整えること、つまり、組織編成ヤナァ、これができれば80%は成功ヤァ、そして残りの20%が、戦略・戦術を駆使することヤ。」 〜 この教訓を當山にて、まず応用させてもらったのが(学)妙福寺学園 銚子幼稚園でした。仏教情操教育 〜 君らしく、という理念の確立、教師一人一人の立場と役割を明確化した組織編成、そして子育て支援という教育活動の中で、未就園児を充分にプールする戦略の駆使 〜 平成28年度は180名の子供達を預かる中で、年度初めの仏教行事は、190cmの花房をたらす樹齢800年に及ぶ藤の香りを愛でながらの
〈花まつり ― 釈尊降誕会〉

             
下がるほど
                  人は見上げる   藤の花


初代園長でもあった當山先々代住職(祖父)自作の句を、当日は園児・保護者の皆様方と共に毎年度、角度を変えながら味読する一時(ひととき)は、まさに至福の時です。
 至福 〜 〈この上なき幸福(しあわせ)って何だったけ?〉・・・再考の時です。金・出世・経済成長、戦後日本のキーワードですが、これだけ幸福(しあわせ)を感じられるのは、成功者・勝者だけではないでしょうか。
 現状への感謝報恩、ただごとではない親子・家族の絆、信頼できる人間関係の再興の時であることを銘記したいものです。
 大聖人、刑部(ぎょうぶ)左衛門尉女房御返事に曰く
『父母の御恩は、今初めて事あらたに申すべきには候はねども、母の御恩の事、殊に心肝(しんかん)に染みて(とうと)く覚え候 〜?而るを親は十人の子をば養へども、子は一人の母を養うことなし。』、昨年他界した母の備忘録の中に『家族は、国の(いしずえ)とあった ― 心耳を澄ませたい。


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